山谷を歩く
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先日の13日。
テレビ東京で夜中の1時から山谷のホスピスの特番をやっていたのと、明日のジョーを見た影響か、突如山谷を訪れた。
今回は山谷とも有って、カメラは持たずiphoneのみ出の撮影なので、ちょっと画質は悪いのは勘弁して頂きたい。
山谷と言っても現在この地名は無い。
1966年迄は山谷という住居表示は有ったが、現在都が指定する山谷地区は、涙橋交差点付近「台東区清川一・二丁目」「台東区日本堤一・二丁目」「台東区東浅草二丁目「台東区橋場一・二丁目」「荒川区南千住二丁目・三丁目西部・五丁目・七丁目西部」の辺りを指す。
最近はこの山谷の「ドヤ街」と云われた簡易宿泊所は、多くの外国人バックパッカーが安く止まれる宿として利用されている。「ドヤ」とは宿を反対に言ったもの。人が泊まるとこでない事を皮肉って反対から読みこういった簡易宿泊所を「ドヤ街」と云った。
山谷の入り口とも云われる、※いろは会商店街。
今では山谷人も少なく、商店街の活気もすっかり無くなってしまった。
シャッターを下ろす店も多く、人の通りも少ない。
借り手も少ないのか、テナント料も結構低めに設定してあった。
少し歩くと、あちらこちらでは道ばたで酒盛りをする山谷人。iphoneと云っても、流石に山谷人を撮影するのは躊躇。
ここは気付かれない様にシャッターを押したので、画像はぶれている。
数人集まって花札をやってるグループも見かけた。
ここから私は清川方面に。
ここには先日テレビでやっていた希望の家があるからだ。
希望の家の前はもの凄く静かだった。
家の側にあるパチンコ屋のネーミングには思わず苦笑してしまう。
「あたりや」パチンコが良く当たるからそういう名前なのだと思うのだが、1990年代迄此処には沢山の「あたりや」がいたのだ。車にわざと敷かれたり、当 たったりして示談金をもらう連中が。
以前は夜中等タクシーはこの辺にいく事を、もの凄く嫌った。
多くの当たり屋が居たり、道路の真ん中で寝ている労働者がもの凄く多かったからだ。
希望の家を後にし、日本堤にきびすを返す。
此処には有名な桜鍋の「中江」や、天丼の「いせや」が有る。
その向かい側には昔ながらの寿司屋「ますみ寿司」
そして、吉原の大門を潜って家路に付いた。
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