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浅草周辺に掛かる橋のおはなし

今年の隅田川花火大会は8月の27日。その前に浅草周辺に掛かる橋のお話でも。

隅田川は荒川が別れたもので、浅草の人はその昔は大川などと呼んでいました。

隅田川に最初に掛かった橋は千住大橋で、その次に作られたおは両国橋。
江戸の頃は戦術的な意味合いもあり、橋が余りかけられなかったようです。

江戸の頃のは浅草と向こう岸の墨田区に渡るのに、渡し船を利用していました。台東区立リバーサイドスポーセンターの南側広場の端には、「竹屋の渡し」の碑が立っていますし、隅田公園の中、東武鉄橋の北側で隅田川の堤防にも、「山の宿の渡し」の碑が建っています。

橋がまだ作られる前は船で浅草と墨田区側を行き来してた訳です。

また墨田川は船を使って荷物などを運ぶ運河的な事にもひと役かっていました。今と違って輸送手段がない昔は、重い荷物などを江戸に運ぶのに川を使っての輸送手段がゆういつの方法でも有ったんですね。
そんな事からか、蔵前などは名前の通り蔵が多くあった地域で、幕府が各地から集めた年貢米等を貯蔵する蔵が多く建っていました。

浅草周辺に掛かる橋

上の写真は浅草周辺に掛かる橋のひらがな部分を写したし写真ですが、よーく見て下さい。
「◯◯はし」と全て書かれていますよね。

何故に「◯◯ばし」では無いのでしょうか?

実はこれは昔の人の「げん担ぎ」的な意味合いもあり、橋の下の川が濁らないようにと願いを込め、「◯◯はし」と濁点を付けていないそうなんですよ。今でもその文化は継承されている訳です。
それと橋の名前には此の様に「ひらがな」と「漢字」の二つが掲げられていますが、これも実は意味があって、「漢字側」が入り口。「ひらがな側」が出口方向。入り口出口というか、進行方向を表しているんですね。

普段何気なく目にしているものでも、こういった意味合いが有るとは、本当に目からウロコですよね。
昔の人の知識と、気の配り方というのは本当に素晴らしいと思います。

隅田川花火大会

8月27日に行われる隅田川花火大会では、桜橋よりの言問橋の間が第一会場、駒形橋と厩橋の間が第二会場となってます。

今年も大変多くの方が隅田川花火大会に訪れますので、少し早めに浅草に来られる事をおすすめ致します。
また言問橋周辺は物凄く混むので、今から花火のビューポイントは要チェックですね。

怪我など無いように、今年の江戸の華を皆さんで楽しんで下さい。

東京浅草どっとこむ編集部

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