
今から30年ほど前まで、吉原にも吉原睦が存在しました。
昭和33年。売春防止法の施行によって消滅した吉原遊郭。
以来、ここに住む人間は段々と減り、高齢の方だけがこの地に留まりました。
その後トルコ街、ソープ街へと変貌を遂げ、今の形が残ります。
元々お金のあった吉原の人間は、気位も高く外との交流を嫌う体質。
なんといっても中ノ町の植え込みには、季節によって植え込みを変化させていたぐらいの土地。気位は人一倍強いんです。しかし、住民の高齢化によって町会自体がだんだんと弱体化。神輿を担ごうにも若い人間が居ませんでした。
よって、毎年の吉原神社の例大祭は子供神輿がちろっと出るだけ。
大人神輿は担ぎ手不足で30年程開催されていませんでした。
そんな吉原ですが、吉原神社の宮司や近隣の協力、今年当番の揚屋町の人々の努力の介あって30年ぶりに実現したのです。
天気も恵まれ、雨が降ることなく無事に終えた3日間。
千束通りと、大鳥町会(鷲神社周辺)等の氏子の協力で、吉原6ヶ町を無事お渡しする事が出来たのです。
大人神輿は、元々揚屋町の町内神輿。
昔の吉原のお大尽連中が、花魁達に神輿を担がせる為に作った女神輿です。
ですから、ちょいと小ぶりの可愛らしい神輿ですが、大人30人ほど居ないと担げません。
上の半纏は、昔の吉原睦の半纏。
30数年前に作られたものです。
で、この上の写真は現在の半纏。
髭文字の吉原紋から、稲荷紋に変わったんです。
半纏も時代と共に変わったのですから、街の体質も少しずつですが変わってきています。
やはり江戸っ子です。祭りがなくなるのは寂しいもの。
来年も継続して出来る事を、祈っています。
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