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秋田城主、佐竹右京太夫 藤堂和泉守の江戸屋敷には、上屋敷中屋敷・下屋敷のほか、お囲地などがありました。このうち、上屋敷は当初内神田佐竹殿前(現千 代田区神田)にあったそうで、そこには鎌倉の佐竹屋敷から移築された金彫絢爛たる「日暮らしの門」があったといいます。しかし天和二年(一六八二年)十二 月二十八日の八百屋お七の放火による江戸の大火で焼失してしまいました。こんなこともあってか、翌天和三年には現在の台東区の地に移転したのであります。

明治十七年頃から民間に貸し下げられ、次々と民家が建ち並び、店舗が軒を連ねるようになり、竹町の街、佐竹の商店街の萌芽が形成されたのです。年を経るごとに盛り場娯楽街として充実発展してゆきます。
かっぽれ、吹き矢、デロレンなど、葦簀張りの小屋掛けが出来、借り馬・打球場・大弓などの大道商売も始まり、それにつれて飲食店、粟餅の曲搗き、しるこ屋、煮込み・おでん、大福餅売りなどが縁日の露店のような形で店を出し、寄席・見せ物小屋が並ぶようになります。

六三亭、久本亭、浜村亭、天理亭、寿亭、開成亭などがその主なものです。さらに祭文定席、玉ころがし、射的、大弓場などもでき、義太夫、講談、落語、祭文かたりが聞け、ゆで小豆を売る店などが並びます。

そして日暮れ時ともなれば、浅草向柳原に住む露店商などが街路にところ狭しと出店を張り、また一歩路地にはいれば紅灯の下で客引く声も艶かしく、亀屋・竹 内などの料亭を始め、第二富士館という活動写真館もできて一段と賑やかさを増し、一大歓楽境となってゆきました。近郷近在は無論のこと、遠方からも人々が 集まり、夜の更けるのも忘れてしまうほど殷賑を極めていました。

そんな歴史のある商店街なのです。

佐竹商店街振興組合公式サイト
http://www.satakeshotengai.com

東京浅草どっとこむ編集部

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