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せんわ通り商店会は旧吉原遊郭裏門から右折して浅草国際通りへ出る100メートルの道とまっすぐ小松橋通りに向う道幅10メートル、延長150メートルの商店街で、千束3丁目に位置している。

戦前この通りは俗に古着屋通りといわれたごとくその9割が衣料店で顧客は吉原へのひやかし客と浅草芸人であった。その様な歴史をもつ古着屋通りが戦後に復活することなく消滅してしまったのは公園六区などに闇市が立ち始めたことによる。

当会の発足は戦後23年で新大門柳通り商栄会と名づけた。
当会北はずれ弁天池脇に吉原大門があったところからの命名で、同時に通りに柳を植え下町の商店街らしい風情を添えた。

初代会長は和田長敬氏、2代目会長は佐藤希蔵氏である。
ところが33年に赤線廃止で旧吉原遊郭の消滅に伴い、町会名をとって千和通り商店会に改称した。
明治末期から大正期にかけて三の輸から浅草公園に出るには、どうしても鷲神社うらから当会通りを抜けねばならず、そのうえ不夜城吉原を間近かにひかえていた関係で人通りがつねに絶えず賑わったが、古着屋が消え吉原遊郭がなくなったことで、当会では小売商が序々に減少し卸商が大勢を占める傾向にある。
そこで3代目会長篠崎通三氏は商店街の近代化を目的に振興組合の改組に踏み切ったが、同氏の急逝でやむなく再び任意団体に戻り現在に至っている。4代目会長は鵜飼万次郎氏、5代目会長江口利平氏、6代目会長本山常治氏、7代目会長小川裕三氏で現会長秋山義治氏は8代目に当る。

東京浅草どっとこむ編集部

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